カラーズの始まり…その1

こんばんは。

階段の書き方を新たに覚えた加藤です。

デザイン画で、かね折れ階段(L字に曲がった階段)を書かなければならず、調べて何とか理屈が分かってちょっとだけ進歩を感じて、ちょっとだけ嬉しい事を噛み締めました。小さな積み重ね…大事です。

 

さてと、今日は、カラーズデザインの始まりの話を、サクッと書こうと思います。

カラーズの始まりを書こうとすると…。

独立を考えた始まり書かないと、わかりにくいかなぁ~と思っての今日は、始まり部分します。

遡る事、高校2年生の秋。

高校生なのに、毎日必ず行っていた喫茶店 ピーコック(当時は、カフェではなく喫茶店)での話。

高校時代は、母校の仙台高校は、自主自立が校訓ですが、高校時代の自分にとっては、要約すると自分のやりたいことは、自己責任で犯罪でなければ基本OKの勝手な自己解釈。

不良ではないのですが、不真面目な生徒で、どこかにいつも、罪悪感があっても、楽しければいいっか!のある意味どうしようもない落ちこぼれの生徒でした。学校の成績もビリから二番目。

 

そんなどうしようもない自分の居場所は、当時のちょっと大人なピーコックは、そんな罪悪感も吹っ飛ぶ、楽しい空間でした。

いつものごとく、当時よく遊んでいた後藤、タカヒロ、自分との3人で部活が終わりに、いつものごとく居座ります。そんな時の他愛もない話がはじまりでした。

こんなんだったら面白い的流れで、各々自分の好きなものの話から、

自分は、当時は服(IVYファッション)VAN

後藤は、やはり服で、テクノファッション(YMOの全盛期)

タカヒロは、雀荘

マサアキ…飲食店(当時飲食店でバイトしていた)

自分の好きな店をやったら面白い的な話でした。

1階から4階まで自分たちの好きなもの店があれば、毎日楽しい高校生の

まさにその当時の生活 社会人版です。

その時は、他愛のない夢の話として話された内容です。

 

がしかし、この日から、将来を考える切っ掛けになりました。

今振り返ると、部活以外は、ダラダラと不真面目な高校生活で、

しっかり全力でやっていない自分に対しての苛立ちと、強い罪悪感の

唯一の逃げ場で、将来について人よりも深く考える機会になったのかもしれません。

確か、その時に思ったのは、一般的なサラリーマンは全く想像が出来なかったんだと思います。

遅刻しないで、毎日休まずに会社に行くことは全く想像できないのは、毎日遅刻で、学校もサボってばっかりでは、当然出来るとは思えませんでした。

そんな流れで、自分で店を持てば、単純に面白い!

そんな、どうしようもない高校生からの始まりでした!

カラーズの始まりは、この時からが始まりで、まだまだ今のカラーズにたどり着くまでには、紆余曲折で想像は全くできません!

かれこれ、40年前の話で、まだまだ始まるには時間がかかりそうです。

 

さてと、本日の一枚は、当時好きだったもの

レタードカーディガン。しょうちゃん帽。

高校時代を、思い出させるアイテムです。

本日は、この辺で。

また明日。

 

 

 

 

 

 

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